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AOKIグループヒストリー7~経営理念のひとつ「公共性の追求」の実践と長期ビジョンに向かって

範舟 範舟
こんにちは、がんばる社長のサポーター中川綾子(なかがわあやこ)です。AOKIグループの経営理念のひとつに「公共性の追求」があります。長野駅前店のオープンで生活のためのビジネスが終了し、「公共性の追求」もいち早く実践されました。そしてAOKIグループは長期ビジョンに向かって新しくスタートするとともに大きな決断をしたのです。


公共性の追求の実践 ハーモニーコンサート

「公共性の追求」とはビジネス以外でも世の中に貢献することです。長野駅前店がオープンし生活のためのビジネスが終了し、「公共性の追求」もいちはやく実践されました。バイオリニスト辻久子さんが、自宅を売ってバイオリンの名器ストラディバリウスを手に入れたということに感動し、現会長と副会長は辻さんのコンサートを開催することを検討しました。とはいえ、まだ事業は行き詰まりの繰り返し。そういう状況の中でのコンサートです。お二人がメンズスーツに懸ける思い。これをバイオリンの音色に乗せて伝えたい。ただそれだけの思いで、長野県松本市でコンサートを開くことになりました。

音楽を心から愛し、ホンモノとのふれあいを大切にされる方ならどなたでも、ということで、無料のお客さまご招待となりました。松本は音楽の才能教育(鈴木メソッド)で知られる才能教育研究会会長の鈴木鎮一さん(故人)もおられ、バイオリン教育にはとりわけ熱心な土地柄でした。鈴木さんらの強い要請と協力があり松本市でおこなわれました。かくして記念すべき第1回AOKIグループ無料ハーモニーコンサートの幕が、切っておろされました。1973年(昭和48)、12月3日、松本市民会館。バイオリニスト辻久子さんが、すべてを賭けて弾くコンチェルト。世界の名器ストラディバリウスが奏でる名曲が、会場を埋め尽くした1,500人の観衆に感動を与えました。会長、副会長も、辻さんの弦さばきに魅せられ、澄み切った音色に我を忘れていました。演奏が終わりました。今まで静まり返って辻さんの演奏に聞きいっていたお客さまからの、割れんばかりの拍手。

「すばらしかった、アオキさんありがとう」、「こんな美しい音楽を松本で聞けて、本当に良かった」

そんなお客さまの声がありました。会長、副会長のお二人も心からコンサートを開いてよかったと思ったそうです。以来、公共性追求の理念に共鳴していただき、数多くの方々のご協力もあって2018年の現在まで計20回の無料ハーモニーコンサートが開催され、大勢のお客さまに楽しんでいただいてきました。


長期ビジョンに向かって

長期的視野に立ち、経営体質の抜本的改善を目指すことを目的のひとつとして、AOKIでは1976年(昭和51)に引き続き、「タナベ経営」による第2回総合企業診断を実施しました。その結果を受け「NEO100作戦」(N=New  SSP、E=Educator  Standard、O=Only One)のスローガンのもと、全社一丸となって、
1.NEW  SSP(新標準型店舗)による首都圏出店ノウハウの確立
2.店長育成を軸に前線強化(人材教育の充実)
3.ブロック別体制、商品、管理等の守備強化、組織の見直し
を推進。売上高100億円体制に具体的な形をもって前進しました。

長野南高田店を開店、標準型店舗を長野県内、北陸、首都圏へと拡大スタートした1984年(昭和59)、AOKIは10年後の長期ビジョンを発表しました。そのビジョンとは、10年後の1994年の売上高800億円、経常利益高100億円というものでした。これは同年4月28日のペガサスクラブ主催の経営戦略セミナーにおいて、当時社長だった現青木会長が作成し、自ら宣言書に記入しています。この長期ビジョンはペガサスクラブの渥美先生が確認し、応援を約束したものでもありました。宣言書は、本社・社長室の額に掲げられました。ちなみに1994年(平成6年)3月期の決算は、売上高828億円、経常利益104億円。AOKIは1984年のビジョンを、宣言通り達成することができました。


大きな決断 愛知県一宮への本社移転


「みんなで、一宮に行こう」
本社の社員に向かって、現会長がこう話したのが1984年。一大決心です。あえて順風満帆な時期に、ふるさと創業の地を離れ、愛知県の一宮へ移動しようとしていました。愛知県一宮市といえば、日本一の繊維産業の地。駅周辺にも道路沿いにも、生地メーカーさんの看板が所狭しと並んでいるのが目につきます。市内には、繊維団地と呼ばれる区画もあります。この繊維のメッカ尾張一宮の機屋さんと一体となり、他社との差別化を図ってAOKI流の流通革命により、経営理念をトコトン追求していこう。1985年、創業の地、長野を離れ一宮への本社移転を決断いたしました。

当時、AOKIは長野県下を中心に約30店舗を展開しており、長野県下のシェアは30%、北陸でも20%前後で、絶対安心というAOKIのドミナントエリアを築きつつありました。本社が長野で、長野と北陸だけを経営基盤としていればすべてが安泰でした。売上高も順調に推移。首都圏への本格的進出をねらって出店した神奈川県の各店も好調な滑り出しでした。

このとき、なぜ、長野を拠点として実績が順調に伸びているのに、愛知県の一宮へ移転なのか。もし長野と北陸エリアでの成功に満足しきっていたら、移転など考えずにその後も長野と北陸中心で商売をつづけていたことでしょう。逆に、成功に浮き足立っていれば、一気に東京へ本社を移したでしょう。しかし、一宮への移転を決意したのです。日本一の繊維産業の地とはいえ、長野で創業したAOKIとはあまり縁のない地域です。より多くの人々にお喜びいただく生き方を追求しつづけるために、長野と北陸での限界を予測し、本社機能を移転したのには3つのねらいがありました。

一つは創業以来30年を目前に控え、社内における社員のぬるま湯意識を一掃すること。当時の社員は長野、北陸出身者が大半を占めており、地域から外の商圏を知らない者がほとんどでした。このままでは井の中の蛙になってしまう、このあたりで危機意識を植え付け、関西および関東への進出をしっかりと視野に入れる必要があるのではないか、そう考えました。
二つめは尾張地区の節約精神を、全員が体で学ぶこと。
そして一番重要な最後の三つめ。現地現品主義に徹し、わが国一流の機屋さんが集まる日本有数の織物産地で、メーカーさんと太いパイプを築きあげることでした。つまり素材産地でじかに学ぶことでした。

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範舟

範舟

2014年度入社。新宿西口店配属。以降都心の店舗を中心に約1年半、店舗スタッフとして外国のお客様も含めた様々なお客様をご案内。2015年に新規事業設立のサポートに携わり、現在は、主に経営管理業務とWebを担当。目まぐるしく変化する経営環境の中で、鍛練中。趣味はビリヤードとカラオケです!
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