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青木擴憲・直伝 プロフェッショナルの極意

中川 綾子 中川 綾子

こんにちは、がんばる社長のサポーター 中川綾子(なかがわ あやこ)です。

よく「プロ意識が足りない」という言葉を聞きます。「プロ」というと、プロ野球選手やプロゴルファーなど、ある能力に優れ、血のにじむような努力をされている一部の人を指すのが日常的に多いですが、働く対価として給料を得る私たちもまた「プロ」である必要がありますよね。若手社員の方、伸び悩んでいる部下の方が周りにいらっしゃったら、それは「プロフェッショナル」である意識が足りないのかもしれません。今回は、AOKIグループの創業者 青木擴憲(あおき ひろのり)から学んだプロフェッショナルの極意をご紹介します。

目次

  • 青木が考える「プロ」とは
  • 決意表明の大切さ
  • まずやってみる

青木が考える「プロ」とは

青木はよく社員にこう話します。

「品質管理一筋に、長年お客様のご満足向上のために数責をもち取り組んでいる社員さんがいる。お店で1,000名以上の顧客様を持ち、〇〇さんに接客してもらいたいから来店の予約を入れたいといわれる販売員がいる。こういった人は一つの業務を極めた匠、達人と言える。それぞれがご自分の役割の中で数字目標を持ち、努力し、自己成長し、目標を達成する。これこそがプロフェッショナルだ。」と。

いわゆる経営者層、マネジメントを担う人も、スペシャリストとして匠、達人として活躍する人もみな同じプロ。自己研鑽しながら努力し数字目標を達成させ、その対価として給料を得る。役割が違うだけで、皆プロであることを伝えています。

決意表明の大切さ

そして、プロとして物事を達成するためには、まず決意表明が必要だと青木は説いています。

「この結婚式を機に、近い将来、年間売上20億円を達成したい。ご列席の皆様に、友人である新郎新婦と一緒にがんばることを誓います」友人の結婚式でこのように決意表明してしまった私は、大勢の列席者の前で大風呂敷を広げることになりました。大口を叩くものだと、式場内からはあきれて笑いさえ出たものでした。たしか篠ノ井駅前店を立ち上げた翌年、1966年の頃。当時の売上は年間3千万円弱。誰が聞いても、よくまあぬけぬけと、と思われたことでしょう。でも、私は大勢の人の前で宣言してしまったのです。それからの私は必死でした。既存の4店舗は、すべて行き詰っていました。なぜ売れないのか、徹底的に競合店のリサーチを行いました。その結果、既存4店舗を切り捨ててでも、長野ナンバーワンの新店舗で成功すればピンチを切り抜けられると確信しました。やがて、長野駅前に好立地の物件が見つかり、1971年には長野駅前店を開店、それからわずか7年後には、年間売上20億円を達成することができました。

(引用:社内理念ブック)

決意をまず声に出して表すことの重要性がわかるエピソードです。私自身も、「新規事業の責任者をやって、グループの新しい4つ目の柱として成長させたいんです!」と社内で話していたことが、今の仕事につながっていると実感しています。

まずやってみる

とはいえ、夢を描いただけで、実現できずにいる人も多いはずです。そんな方には、「まずやってみる」という姿勢が大切ですよね。青木はこうも言っています。

何事に対しても、まずはやってみる姿勢を持ちましょう。机上論、理論はもちろん大切ですが、そこで終わってしまっては何も始まりませんし、何もわかりません。実際にやってみることで、理論とのズレに気づき、さらなる改善につながることもあるのです。ただし、実行に移す前には最悪の事態も念頭に置き、想定とのズレが生じたときの対応も忘れないようにすることが肝要です。

(引用:社内理念ブック)

いかがでしたでしょうか。AOKIグループも今年で創業60周年を迎えます。プロの集団として、事業と個人の成長を果たせるグループとして、私もその一員として精進してまいります。ご参考になりましたら幸いです。お読みいただき、ありがとうございました。

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中川 綾子

中川 綾子

AOKIグループ 寿本舗株式会社 執行役員社長
1998年、まだ紳士服のAOKIのみだった現AOKIホールディングスに入社。紳士服のAOKI店舗で販売を経験後、ブライダル事業のアニヴェルセル表参道で販促に従事。初めて間近で創業者の青木擴憲(あおき ひろのり)に接したプレゼン中、若気の至りと緊張で周りが静まり返るようなことを発言。それが青木に覚えられるきっかけとなり、本社の広報室へ異動。広報として青木とコミュニケーションを取りながら8年間従事した後、新規事業に携わり現在に至る。
間近で青木擴憲(あおき ひろのり)会長、青木寶久(あおき たかひさ)副会長の話を伺い、叱咤激励をいただいてきたことで、経営者を志すようになった。
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